「自分の意志で選択する」体験が必要

「やる気を出せ。主体的になれ。」

教育、スポーツ、会社、あらゆる場所でこうした言葉が飛び交います。

この言葉を発した側も、投げかけられた側も、この言葉に何の効果も無いことは肌感覚で理解しているのではないでしょうか。

宿題をやれ、と言われてやるならば苦労しません。

やる気を出して練習しろ、と言われてやる気が出るなら、とっくにやる気になっています。

主体的に仕事に取り組め、と言われて主体的に取り組むくらいなら、言われる前から主体的に取り組んでいます。

にも関わらず、いまだにやる気を出せ、主体的になれ、といった言葉があらゆる場所で飛び交うのはなぜでしょうか。

選ぶ機会があまりにも少ない

ドイツでホッケーをする中で、やる気を出せ、という言葉は聞いたことがありません。

やる気があることは練習をする上での前提条件だからです。

選手は自らの意志でピッチに立っています。
自分がプレーする理由を自分の中に持っています。
誰かに強制されてプレーしません。

それが出来ている理由の1つは、選手の思考を奪う過密トレーニングをしていないことです。
成人のチームでは、グラウンド上の練習及び試合の頻度は週3-5回。
1回あたりの練習時間は90分‐120分。

学生や子どもは同じかそれ以下の頻度です。

当然、勉強したり、家族と過ごしたり、趣味に時間を割くことができます。
競技にもっと時間を割きたい選手は、自主的に練習することもできます。(グラウンドを自由に使える時間帯も多いです)
その判断は選手にゆだねられています。


もう1つの理由は、自分で競技とチームを選んでプレーしているからです。

部活動ではなく、クラブスポーツがベースになっているドイツでは、競技を学校にあるものだけでなく、地域内にある競技から幅広く選択することが可能です。

またチームも出場機会や指導者との相性、チームレベルに合わせて自由に選択することもできます。

つまり、「選手が自分の意志でピッチに立っている」ことが前提にあるのです。
チームメイトや指導者に不満があるのであれば、チームを変えれば良い。
変えないのであれば、それは自分の責任であり、やる気を出さない理由にはならない。

「誰もが自分の意志で競技に取り組んでいること」
ドイツがホッケーにおいて高い競技力を有している理由の根本にあると考えていますし、サッカーなどでも同じことが言えると思います。

日本では一度学校に入ってしまうと、競技、チームそして指導者を選ぶことができなくなります。

選択肢が無い状態で「やる気を出す」、「主体的になる」というのは、極めて難しいです。

それがリーダーがいない、主体性が無いと言われる根本的な原因なのではないか、と考えています。

しかしながら、何かを選ぶ機会が少ないのが現状です。

学校を選ぶ。
競技を選ぶ。
指導者を選ぶ。
練習内容を選ぶ。
競技とキャリア(学業)の両立を選ぶ。
仕事を選ぶ。
転職をする。
働き方を選ぶ。

1つのことに長く従事することが美徳とされやすい日本では、これらを選ぶ機会が少ないです。
会社に勤めるようになってからも、相対的に会社に割く時間が多く、家族や友人、趣味(競技含む)にかける時間は少ないなど、ライフスタイルの多様性も乏しい。

こうした現状に変化をもたらすには、誰かが機会を創る必要があります。

機会を創る

誰かが機会を創る必要があるなら、まず僕自身がその役割を担っていきます。

ブログで紹介してきたフェラインを設立することも、機会をつくることの一例です。

会社員を辞めて、ドイツに1年以上住んでホッケーをしている、というキャリア。
そしてそれを続けていくことは、日本のホッケー選手が海外でプレーすること、そしてデュアルキャリアを実現するという、ロールモデルになると思っています。

また、進学先や就職先、あるいは転職に悩んでいる人に、僕が就職から退職、そして現在まで考えてきたことや経験が役立つのではないでしょうか。
僕がインドとドイツで経験してきたことを共有することで、新たな気づきを得て視野が広がることもあると思います。

僕自身、インド・ニューデリーでの勤務、ドイツ・ハンブルクでのホッケー選手としての生活を通じて、日本の常識が他国の常識ではないことに気づき、

「仕事やホッケーをしている時にあった違和感は決して間違いではなかったのだ」

と心が楽になりました。

常識に良し悪しはありませんが、自分や日本の常識が違う場所では常識ではないことが頭にないと、常識に縛られすぎて自分を苦しめます。


これから僕の経験を踏まえて、新たな選択肢や気づきを得られる機会を創っていきますので、ご期待ください!